月別アーカイブ: 2015年4月

JBCF群馬ロード2日目

昨日より1周、6km長い、36kmのロードレース。

100kmから200kmぐらいのロードレースを走ってきた自分からすると短いがこれもレース。

昨日でイメージは出来たので、今日は積極的に。

始まってから1コーナー付近で落車。上位のカテゴリーとは落車の雰囲気が違う。

UCIやJPTはギリギリでの落車なんで、ガシャーーン!!って感じで被害も大きい。身体同士が接触しても、お互いにバランス取るし、パニックブレーキもない、ただ、いくつかの要素が重なって落車が発生してしまうので、その時には速度域も高く、被害も大きい。

今回、群馬で経験した落車は前がふらついてパニックブレーキして、それが集団後方に伝わって(渋滞の原理みたいなやつ)、ブレーキ間に合わないやつが倒れて、将棋倒しになる感じだった。みんな倒れる頃にはスピードも落ちてるので、ストップするぐらいで、ダメージは小。でも、ストップさせられるのは辛い。

あと、「右行きます」「右にいるよ」とかいうかけ声はなんなんですか?プロトンは常時動くものだし、それに合わせて前のライダーは動くでしょうよ、集団で走ってるんだから右にも左にも選手いますよ、そりゃ。集団が緩んだ時に前に上がりたいと思うのでしょうが、それはみんな考えてるよ。上がりたいんだったら集団が伸びてる時に風上から頑張ってあがるか、集団が道幅いっぱいの時は路肩の草むら使ってくださいよ。使えるならね。

登りで牽制があったんで、一人で抜け出して、2名がジョイント。結果、この動きはつぶれるんですが、3人でローテーション中に交代が早い選手がいました。そりゃきついから仕方ないけど、俺も早めに交代しちゃったら下がってきた選手にすぐに順番回っちゃうよ、さらにそいつも早めにどいたら次は自分ですよ、結局、自分のクビを締めることになる。下りとかだと早めのローテーションが必要だけど、状況を考えましょうよ。

最終的にはパンク、結果残せない自分、情けないねー。

JBCF群馬ロード1日目

5周30kmのロードレース、今年、JBCFでは初のロードレースになりました。

集団の様子を伺うために、最後尾からスタート。密度とか動きとかを見て、えっちらおっちら前に上がって残り2周ぐらいには先頭付近にいる。

ちょっとしたアクシデントあり、THE END、翌日があるからまぁ次だと思うことにする。

JBCF白浜クリテリウム

タイムトライアルの翌日はポイントレース形式のクリテリウムでした。

これはこれで課題がいろいろあったレースでした。

ポイント周回で一回だけ1位通過の5P、結果優勝から5位まで5Pで並んでの4位。

あーあ、やっちゃった…。でも入賞できてないと思ったからちょっとびっくり得した気分。

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JBCF白浜タイムトライアル

自分の身体調子と機材の調子が大きく順位を上下させるタイムトライアル。

身体の大きな自分には向いてる競技と言われながら、僕の性格には合わなくて(笑)、今までしっかりトレーニングすることはなかったです。

最後にタイムトライアルを走ったのは2010年のツールドタイランドUCI2-2の第一ステージだったと思います。久しぶりに舞洲で走って惨敗でした。トップから15秒遅れで108%のタイム。

今回の白浜はリムハイトの高いホイールと、DHバーを借りて出走。前日、30分ほどポジションを合わせただけでしたが、トップからの遅れはレース距離もあり21秒遅れですが、走行時間に対する割合は106%落ちで走り切りました。

後輪をディスクホイールにして、DHポジションを煮詰めて、それ用のトレーニングを少し取り入れれば勝負できそうな気はします。

次のタイムトライアルに向けて取り組みます。

 

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今までの自分

今更感あるのですが、ここで自己紹介をさせていただこうと思います♪

自転車競技を始めたのは二十歳になるちょっと前、大学2年のころなんです。

一般的に、高校や大学に入学してから競技を始めることを考えるとちょっと遅めでしたね。

入学した大学に競技部があるわけでもなく、高校の通学用にMTB(マウンテンバイク)を買った町の自転車屋さんにロードバイクが置いてあったのがきっかけでした。

タイミング良く、癌から奇跡の復活を遂げたスター選手が日本のテレビにも取り上げられて、「ツールドフランス」を知ることになります。

九州の福岡県に住む僕にとって、周りに実業団のトップ選手がいるわけでもなく、とにかく山道でがんばるトレーニングがメインでした。

21歳の時に雑誌の企画でブリヂストン・アンカーの合宿に体験参加できる機会を得て、大きく自転車人生は変わっていきます。

耳から血を抜いて乳酸値を測りながらトレーニングするなど、科学的なトレーニングに刺激をうけました。またチームとして遠征していたフランスも自分の好奇心を刺激したのを覚えています。

image←右の選手が僕、福岡県選手権優勝時

とはいえ、なんのコネクションもなく、フランス行くのはちょっと困難。日本で「実業団」のレースを2年間、走りました。

2年目の22歳の時に初めてUCI(国際自転車競技連合)公認のレース、「ツールド沖縄UCI2-2」に参戦。

UCIルール規定時間内で完走でき、少し自信になりました。

2005年、2006年は念願のフランスで活動することができ、現地のアマチュアチームに所属して、年間80レースの多くのレースを走ります。

imageimage   ↑左の写真、一番左が僕、逃げが決まった瞬間かな?右の写真はステージレースでリーダージャージ獲得時。

2006年は2月の「ツールドタイランドUCI2-2」から11月の「ツールドファソUCI2-2」まで一年中レース走ってる生活でした。

image←比較的大きなレースには日本人チームとして出場

10月にカメルーンで開催された「グランプリ・シャンタルビアUCI2-2」では、初日のプロローグで優勝、初めてUCIレースでリーダージャージを着ることができ、個人総合順位でも8位となり、これまた初めてUCIポイントを獲得することができました。

imageimage         ↑人生初のマイヨジョーヌ!!

この結果を武器にトップチームの門を叩きたかったのですが当時の自分にはどうやってチームと交渉してよいのか、連絡先すらも調べられず、アマチュアでもう一年やるには資金が足りず、2007年、2008年は就職してました。

自転車ショップのスタッフとして勤務しつつ、トレーニングはしてました。

ほどなくして店長になるも、店長は月4休のシフトで、自分のレース活動に土日を使って2日消化すると、あとは15連勤の恐怖が待ってたりしました。

2009年、転機が訪れ、台湾のチームに移籍して、UCIアジアツアーを転戦することになります。

退職し、台湾に渡り、台湾のレース、UCIのアジアツアーのレースを中心に転戦しました。

imageimage   ↑UCIレース復帰戦のツールド台湾、その他インドネシア、マレーシアのUCIレース転戦

シンガポールのレースでは、ランプレやフットオンセルベットなどのプロツアーチームとレースができて刺激的な体験でした。

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2010年には地元福岡で開催された「ツールド福岡2010」の副実行委員長として、地元の選手を集めて作った「VC福岡」の代表として参加しました。

2009.03.06 356←一丸、北都留、僕、伊藤

地元のレースを盛り上げるために福岡の後輩、競輪選手の北都留選手、当時ユーラシアでベルギー遠征に参加してた伊藤選手、中学生の頃からフランス遠征を経験してる一丸選手に協力してもらい、チームを結成。この時限りの限定スペシャルでした。

2011年は福岡市の「道路整備懇談会」の委員として、アクションプラン作成に協力。自転車が関係する様々な課題を勉強するきっかけとなる。

image←この頃から「自転車」をテーマにした講演依頼が多くなりました。

2012年からはUCIアメリカツアーコンチネンタルチーム「ワンダフルピスタチオサイクリングチーム」に所属し、UCIアメリカツアー、USプロクリテリウムを転戦。

imageimage      ↑とにかく平均スピードが速いアメリカのクリテリウム

西海岸に住みながら東海岸まで車でレースに行くなど、広大なアメリカの大地を知る。

そしてパワーの違いに愕然。

使用してたバイクブランド、「ブロークンボーンズ」からYUSUKEモデルが販売される。

自身初のシグネチャーフレーム

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2013年、チームは解散したものの、ロサンゼルスのクラブチームに所属し、活動。

この年から若手選手の育成をはじめ、水野選手とともにアメリカに遠征。

シーズン途中から日本に戻り、UCIコンチネンタルチーム「シエルヴォ奈良」に所属。

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2014年、この年から自転車フレームの販売を始めた「ヨネックス」とアドバイザリースタッフ契約をする。

IMG_0094←様々な大会にゲストライダーとして参加

2015年、そしてついにピナゾウテストチームに移籍

数年前に飲み会に招待され、いきなりウエアを渡され、酔った勢いで試着、「いつか一緒にやりましょう!」という熱い約束は社交辞令で終わらず、ついに実現!

国内ツアーを中心に活動予定、活動車として福岡日産自動車からリーフを貸与される。

電気自動車と自転車の新しい関係を提案するために、レースへの移動はリーフを使用する。

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またとびっきり嬉しい優勝してチームメイトと喜びを分かち合いたいね!

JBCF舞洲クリテリウム

土曜日のTTに続き、日曜日はクリテリウム。

天候は前日が想像できない雨、気温も低く、厳しいコンディション。

テントでローラーを使用し入念にアップをする。雨の時はスタートするまでに準備しないといけないものが多い。その一つはしっかり体温を上げた身体とオイルを塗った脚だ。

スタートラインについてからも時間があり、寒かった。

安全なローリングスタートで、レースは始まり、間もなくリアルスタート。その瞬間落車発生!!えーー!!今!!??なぜそう焦るんだ…。

その瞬間、自分を守ろうとする本能が働き、集団後方で待機する作戦に変更。25周のレース、残り10周ぐらいまで安全な位置で待機してました。集団の幅を見ながら速度を予想して加速する力を加減して走ると、楽で、リスクも少ない。幅が細い時は速度が上がっていて、幅が広がれば広がるほど速度は落ちてる。集団の頭を見れば、その集団のおおよその速度が予想できる。

10周を切るとそこから一気に集団の先頭に出た。残り周回が無い状況でブザーを聞いた、これは最終周回?ポイント周回?最終ならジャンだから音色が違うからポイントかな?と思いつつ、一位通過が出来そうな位置だったんで、とりあえず踏んで一位通過で賞金ゲット。

そこから最終周回で、埋もれちゃってTHE END、リスクを覚悟できなかった自分の弱さだね。最悪。これも白浜までに改善せねば。

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JBCF舞洲タイムトライアル

今季から福岡日産自動車株式会社から貸与していただいてるリーフを使用して初の遠征。

前の夜には大阪へ入り、やんぼー宅へ。

当日、雨予報だったけど直前に晴れに、当日は気持ちのよい空が広がりました。

余裕を持って会場入り、アップを済ませ、出走。

事前に考えてたことと実際ではかなりの差があり、タイムも平凡。タイムトライアルは事前の準備が大切とわかってても、できないこともある。白浜までにできることを改善していく。

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