今までの自分


今更感あるのですが、ここで自己紹介をさせていただこうと思います♪

自転車競技を始めたのは二十歳になるちょっと前、大学2年のころなんです。

一般的に、高校や大学に入学してから競技を始めることを考えるとちょっと遅めでしたね。

入学した大学に競技部があるわけでもなく、高校の通学用にMTB(マウンテンバイク)を買った町の自転車屋さんにロードバイクが置いてあったのがきっかけでした。

タイミング良く、癌から奇跡の復活を遂げたスター選手が日本のテレビにも取り上げられて、「ツールドフランス」を知ることになります。

九州の福岡県に住む僕にとって、周りに実業団のトップ選手がいるわけでもなく、とにかく山道でがんばるトレーニングがメインでした。

21歳の時に雑誌の企画でブリヂストン・アンカーの合宿に体験参加できる機会を得て、大きく自転車人生は変わっていきます。

耳から血を抜いて乳酸値を測りながらトレーニングするなど、科学的なトレーニングに刺激をうけました。またチームとして遠征していたフランスも自分の好奇心を刺激したのを覚えています。

image←右の選手が僕、福岡県選手権優勝時

とはいえ、なんのコネクションもなく、フランス行くのはちょっと困難。日本で「実業団」のレースを2年間、走りました。

2年目の22歳の時に初めてUCI(国際自転車競技連合)公認のレース、「ツールド沖縄UCI2-2」に参戦。

UCIルール規定時間内で完走でき、少し自信になりました。

2005年、2006年は念願のフランスで活動することができ、現地のアマチュアチームに所属して、年間80レースの多くのレースを走ります。

imageimage   ↑左の写真、一番左が僕、逃げが決まった瞬間かな?右の写真はステージレースでリーダージャージ獲得時。

2006年は2月の「ツールドタイランドUCI2-2」から11月の「ツールドファソUCI2-2」まで一年中レース走ってる生活でした。

image←比較的大きなレースには日本人チームとして出場

10月にカメルーンで開催された「グランプリ・シャンタルビアUCI2-2」では、初日のプロローグで優勝、初めてUCIレースでリーダージャージを着ることができ、個人総合順位でも8位となり、これまた初めてUCIポイントを獲得することができました。

imageimage         ↑人生初のマイヨジョーヌ!!

この結果を武器にトップチームの門を叩きたかったのですが当時の自分にはどうやってチームと交渉してよいのか、連絡先すらも調べられず、アマチュアでもう一年やるには資金が足りず、2007年、2008年は就職してました。

自転車ショップのスタッフとして勤務しつつ、トレーニングはしてました。

ほどなくして店長になるも、店長は月4休のシフトで、自分のレース活動に土日を使って2日消化すると、あとは15連勤の恐怖が待ってたりしました。

2009年、転機が訪れ、台湾のチームに移籍して、UCIアジアツアーを転戦することになります。

退職し、台湾に渡り、台湾のレース、UCIのアジアツアーのレースを中心に転戦しました。

imageimage   ↑UCIレース復帰戦のツールド台湾、その他インドネシア、マレーシアのUCIレース転戦

シンガポールのレースでは、ランプレやフットオンセルベットなどのプロツアーチームとレースができて刺激的な体験でした。

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2010年には地元福岡で開催された「ツールド福岡2010」の副実行委員長として、地元の選手を集めて作った「VC福岡」の代表として参加しました。

2009.03.06 356←一丸、北都留、僕、伊藤

地元のレースを盛り上げるために福岡の後輩、競輪選手の北都留選手、当時ユーラシアでベルギー遠征に参加してた伊藤選手、中学生の頃からフランス遠征を経験してる一丸選手に協力してもらい、チームを結成。この時限りの限定スペシャルでした。

2011年は福岡市の「道路整備懇談会」の委員として、アクションプラン作成に協力。自転車が関係する様々な課題を勉強するきっかけとなる。

image←この頃から「自転車」をテーマにした講演依頼が多くなりました。

2012年からはUCIアメリカツアーコンチネンタルチーム「ワンダフルピスタチオサイクリングチーム」に所属し、UCIアメリカツアー、USプロクリテリウムを転戦。

imageimage      ↑とにかく平均スピードが速いアメリカのクリテリウム

西海岸に住みながら東海岸まで車でレースに行くなど、広大なアメリカの大地を知る。

そしてパワーの違いに愕然。

使用してたバイクブランド、「ブロークンボーンズ」からYUSUKEモデルが販売される。

自身初のシグネチャーフレーム

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2013年、チームは解散したものの、ロサンゼルスのクラブチームに所属し、活動。

この年から若手選手の育成をはじめ、水野選手とともにアメリカに遠征。

シーズン途中から日本に戻り、UCIコンチネンタルチーム「シエルヴォ奈良」に所属。

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2014年、この年から自転車フレームの販売を始めた「ヨネックス」とアドバイザリースタッフ契約をする。

IMG_0094←様々な大会にゲストライダーとして参加

2015年、そしてついにピナゾウテストチームに移籍

数年前に飲み会に招待され、いきなりウエアを渡され、酔った勢いで試着、「いつか一緒にやりましょう!」という熱い約束は社交辞令で終わらず、ついに実現!

国内ツアーを中心に活動予定、活動車として福岡日産自動車からリーフを貸与される。

電気自動車と自転車の新しい関係を提案するために、レースへの移動はリーフを使用する。

2009.03.06 324

またとびっきり嬉しい優勝してチームメイトと喜びを分かち合いたいね!

今までの自分」への4件のフィードバック

    1. higumax 投稿作成者

      返信遅れてごめんなさい。ありがとうございます!頑張ります!!

      返信
  1. 藤林 美紀

    Facebookのリーフオーナー’sからこちらへ伺わせていただきました。
    応援してます!*\(^o^)/*

    返信
    1. higumax 投稿作成者

      返信遅れてごめんなさい!見てくれてありがとうございます!僕もリーフも頑張って日本を転戦します♬

      返信

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