春の舞洲

JBCF春の舞洲を走ってきました。
このブログを書けているということは、最低限死んでいないということで、最大の目標は達しています。

今週末にはRapha Prestige上勝が開催されることもあり、合宿的に高野山まで自走で往復するなど、それなりに乗ってましたので、コンディションは上々だったのですが、レースは水物ゆえ、上場ゴールという詐欺が起こる可能性も否定できません。心の中でてるてる坊主を逆に吊して豪雨にならないかなぁと思っていたのですが、そんな時ほど晴れるのです。

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photo: kikuzo

会場までは自走にて。NSBのバックパック調子良いです(宣伝)。会場に到着した瞬間に救急車が入場、さらに最終コーナーでの落車を目撃。昨年の悪夢が蘇ります。

コーヒーなどを淹れて備えます。

チームメイトの内山選手がE1で優勝、ヤンボー選手も6位に入賞するなど、盛り上がるチーム関係者、なぜか感じ無くていいプレッシャーを感じる僕。先だって開催されたE3-1、E3-2の両方で落車中断があり、僕の走るE3-3でも波乱があるのは必死、定刻よりも遅れてレースはスタートします。

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photo: kikuzo

とりあえず、後ろの方でレースを展開して、徐々に上げて行く作戦だったのですが、どうもおかしいのです。頑張って誰かのスリップストリームに入っても全然楽では無く、そんなに足を休めることができないのです。なので、「徐々に上げて行く作戦」どころか、集団後方で殺され続けることになりました。

レースも後半になると段々とコーナーにも慣れてきて、スピードを殺さずに曲がれるようになってきたのですが、それは他の選手も同じで、決して楽になることはありません。

2016春の舞洲
photo 辻啓

立ち上がりは毎回全開状態です。この写真では余裕で500-600Wは出ています。最後の2周になった段階でもう足が終わっていたのですが、この日のベストラップ1分6秒を叩き出して、最終周回になだれこみます。最後のバックストレートでチラッとGarminを見ると200W台で、「あ〜俺のレースは終わった」と感じました。リザルトはトップから13秒遅れの42位で、ゴール後にはRueda名古屋のオッチー選手から「テイスケさんいました?」と強烈な言葉の暴力を浴びる始末。

それになりに調子は良かったのに、ほぼ最後尾でのゴールには若干落ち込んだのですが、調べてみて納得。今年の春の舞洲の平均速度が43.87km/hで平均236W対し、昨年の秋は41.78km/hで平均190Wでした。つまり、今年の春はメンツがエグくて平均がE1並にめちゃめちゃ速くなったようです。アスリートとしての自分自身は成長しているようですので、40歳を超えてからの実業団は怪我をしない程度に引き続き参戦したいと思います。写真を取って頂いたkikuzo氏、辻啓氏、そして応援頂いた皆様ありがとうございました。

次戦は未定です!

秋の舞洲

誰が見ているのか、誰から期待されているのかも分かりませんが、秋の舞洲レポートです。春の舞洲では最終局面でインから吹っ飛ばれ、そのまま足の怪我をロクに消毒しなかったらコンパートメント症候群なる病気になり、さらに40度近い高熱で生死をさまようことになりました。

簡単に言うと、筋肉や神経がどんどんと壊死して行く病気です。完治はしましたが、今でも脛の一部は黒ずんでおり、微妙に腫れは残っています。なので、どんな小さな怪我でもおろそかにせず、すぐ消毒するのを強く推奨!強く推奨!

舞洲まではどうしてもMTBに乗りたい心を抑え(乗りましたけど)、頑張ってロードに乗って比較的練習を積み上げ、いつもの周回コースでも去年を軽く上回る数値が出ていたので、それほど不安は無かったです。レース当日はギリギリまで事務所でダラダラ過ごしてサコッシュ一つ背負って自走で舞洲に向かったのですが、実はこれが憧れでやりたかったのです。サコッシュ一つで地元のクリテリウムに向かうって、その響きだけで何かお洒落じゃないですか!アニメならそのサコッシュに表彰台で貰った花束を差して帰宅、それを花瓶に生けて美女とワインで祝杯を挙げるんしょうが、現実は残酷です。

さて、レースですがスタート直前に知り合いから「たぶんあの人が勝つ」と教えてもらった選手。どうみても結構高齢な方。しかし、良く聞くと元競輪選手だとか。なるほど・・。あまり内容としては書くことは無いのですが、最終コーナー立ち上がりでは毎周回安定して700Wを超える出力があり、決して楽で無かったですが十分集団の中で走れるフィジカルがあるのを確認できました。

ただ、残念ながら位置取りが下手過ぎて、前に上げて行くのが困難でした。それに比べて例の元競輪選手の熟練の動きには驚愕しました。実際、この選手が優勝するのですが、僕はと言えば残り数周でやっと前の方にポジションを上げて行くことができ、残り1周に入る直前に右横でカーボンの割れる音と空中をブーメランの様に舞う自転車が見えました。つまり、前に上げていなかった場合、あそこに巻き込まれていたのです。

ここで集団が一気に活性化したのですが、1コーナーでよろめいた選手に阻まれて急ブレーキ、そこからバックストレートを頑張って踏んだのですが、集団は遙か前方、ゴールスプリントに参加する権利は1コーナーで失ってしまいました。リザルトはトップから10秒遅れの26位/50人出走ということになります。

このまますぐ帰宅、関空に向かってラスベガスで開催されるINTERBIKEに向かいました。飛行機が飛んだ瞬間、ようやく怪我無く無事にレースを完走できた実感がじわじわと涌いて来たのです。参加レースはたった3戦ですが、これで僕の全てのJBCFの予定は終わりました。とにかく試練の連続で、来季も参加するのかと問われると微妙なのですが、それはまた来年に考えたいと思います。

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すでにCXレースが始まっており、既に2レースを終えております。こちらの方の応援も宜しくお願いいたします。それではまた来年お会いしましょう!

Tour de 熊野

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すいません、PTTでブログがやりたい、という本末転倒な理由でチーム加入したというのに、そのブログを書いてないという失態です。上の写真は、現在このブログを書いている部屋からの眺めです。まぁ、塩水と砂が大量に見えるだけの風景で、特筆すべきことはありません。

早速レポートですが、GWは1週間で500kmロードに乗ったり、AKIグリーンカップの8時間耐久チーム戦で優勝したり、かなりの量を乗り込んだお陰で疲れているのか、良い感じで足が仕上がっているのかよく分からない感じだったのですが、多少は疲れを感じている方がレース結果が良いことが多いので、ここはポジティブに考えて土曜日夕方から輪行にて太子町入り。

Pinazouさんに駅で拾って貰って宿舎到着、とても助かりました。PTTチームとしてはやんぼーがE1の千枚田ステージで2位に入るという偉業(マジでめっちゃ凄いです)を達成し、沸き立っている感じで、僕としては舞洲で落車した悪いイメージがあるため、この勢いに乗って行きたい所ですが、自転車レースで奇跡はあまり起きませんし、最大限にパフォーマンスを発揮できて集団の後方でゴールだな、という感じなので目標をこの辺りに設定。

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レース直前にこれくらいの余裕はありましたよ。

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レースは2周。時間が無かったので試走は無し、とりあえずいけるでしょ、と安易な考えで。最後尾からスタートしたのですが、トンネルを越えて、最初に右に90度曲がる辺りで早速落車が発生。そのまま漁港のクネクネを通過、最初のKOMポイント。ここで集団から遅れるとお話にならないので、ダンシングで死ぬほど踏みました。すると、結構他の選手を抜けるんですよね。あ、これは調子良いなと。その後のダラダラした所がやたら辛くてもうレース止めたくなるし、下りはウェットだし、アウトに膨れて落車する選手は続出するしで、やっぱ実業団レース恐いです。

上の写真は1周目が終わった辺りだと思います。結構前の方でレースしてます。ただ、2回目のKOMで同じく死ぬほど踏んだのですが、1周目で足が終わっていて、おそらく10番手以内で登りに入ったのに、ずばずば抜かれること抜かれること!ここで集団からチギれて数人の小集団になったり一人になったりで、事実上僕のレースは終了しました。

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ゴール手前です。もうツーリングです。ゴール手前でも5人位に抜かれて終了。36位/68人完走で、トップからは2分3秒遅れでした。

敗因を分析すると、1周目のKOMは1分6秒/502Wが出ていたのですが、2周目はガタ落ちの1分26秒/383Wでした。そらダメです。2年前のROTOR Powerを付けた直後は300Wで30秒の維持も出来なかったので、飛躍的な成長を遂げてはいるのですが、1分500Wを2本揃えれるようにもっと練習したいと思います。

最近気付いたのですが、僕のロードバイクはピストのチュービング構成をそのままロードに落とし込んだ鉄フレームで、バックも400mmしかなくて変速性能も悪いし、乗り心地はハードなのですが、重量も驚きの10kgあるんですよね。JBCFで鉄フレームに乗っている人はほとんどいないし、僕のバイクが最重の自信あります。

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そんな訳で、新しいフレーム作って貰っています。今度はホイールもENVEのSESチューブラーにするので、もっと走るようになる、、はずです。

舞洲の落車は怪我をロクに消毒せず筋肉が炎症を起こしてパンパンに腫れ、39度超えの発熱で本当に死ぬと思いました。今でも若干前脛は腫れています。皆さん、落車の怪我はすぐに流水で洗いましょう。おっさんになると怪我も治りません。

今回の熊野で舞洲のトラウマは解消できたと思うので、残りも可能な限りは参戦したいと思います。PTTの他メンバーを含め、応援宜しくお願いいたします。特に大阪に移住して一皮剝けまくったやんぼーに注目ですよ!

初めまして、E3の新メンバーです

初めまして、E3の新メンバーとなった森本テイスケといいます。大阪でTKCプロダクションズと言う零細自転車問屋を営んでおり、趣味で自転車レースを楽しんでいます。シクロクロスはかれこれ4シーズン走り、なんとか今季はC1残留を決めました、程度のレベルのサイクリストです。

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こんな好人物です。レイバンを愛用しています。ディスカウント最高品質、なし販売税、安全な配達!

ちなみにパワトレ信者であり、 ロードバイクにはROTOR Power、シクロクロスとMTBにはPowerTapを装着しており、”No power meter, No ride” レベルでログを残すのが好きです。勘違いして貰いたく無いのですが、あくまでもパワーメーターでログを残すのが好きな程度の(軽度の)マニアであり、日夜厳しいメニューを淡々と消化しているようなことは決してありません。

PTT入りしたきっかけはチームオーナーと天満で呑んでいる時に、僕が「PTTでブログを書きたい」と直談判したのがきっかけで、主客転倒ではありますが、念願のこの最初のエントリを書くまでに多大な犠牲を払ったことになります。それではJBCF舞洲クリテリウムレースレポートです。

レースの週は水金土と比較的追い込み、特に金曜日はMTBで強度の高いトレール練(TSS195)、土曜日はMTBで六甲ライド(TSS180)という感じで追い込めたので、疲れはあるもののかなり走れそうな感触はありました。

前夜の金曜夜はエスキーナでPTT決起集会からの花くじら日隈選手にも初めてここでお会いしました。あと、やんぼーはエスキーナのバイト女子に食い付き過ぎでした。

レース当日は舞洲までは自宅から15分ほど近いのと、雨なのでゆっくり始動。テントを立てて、チームのブースを設営、PTT関係者もわっさわっさと集まってきて、チームっていいな・・と。

さて、僕のE3-3組は最後のレースであるため、E1やE2など上位カテゴリーを見て勉学に励むことにしたのですが、E1はさすがに集団の密度が高いですね。逃げも発生したり、レースらしいレースになっている感じがしました。E2には日隈選手が出場したのですが、序盤に発生した落車を見て、集団の最後尾で淡々と走って力を温存するのと同時に危険を回避する戦法にチェンジ、なるほどの走りで周回賞も獲ったのですが、やはり鹿さんに聞いてもE3は後方でレースをすると危険が多いとのことで、様子見でちょっとづつ上げて行く戦法に決定。

なんせ、会場に着いてゼッケンホルダーを付けようとしたら、ブレーキのバネを壊してしまって(なぜそうなる)、Hutte 8to8八木さんにお店からブレーキをデリバリーしてもらうという横暴を働き、コースの試走ができなかったもので。機材は当日朝にあまり触ってはいけません。

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レースは20周回でした。最初の5周ほどは後ろの方でコースを覚えるのに集中、4コーナーで落車が数回あり、アウト側にズザーと選手がスライドして行くのを見てから少しずつポジションを上げていき、ライン取りは徹底的にアウトtoアウト。特に2コーナーはイン側に巨大な水たまりがあり、これに突っ込むと失速するし、選手の密集地帯なので、1コーナーのアウトから早めに踏んで、アウト側のカラーコーンギリギリに立ち上がるとそんなに足を使わずに上がれるのが判明し、この技でちょっとずつポジションを上げれました。

普段の練習は330Wで5分とか、そんな辛いことやってますけど、レースはいかに楽して足を残すのか、そしてここぞという所で足を使うポイントの見極めが大事なので、違った楽しみがあって面白いですね。実際、楽しいと思いましたし。それは17周回を終える手前までのことでした。

実は調子が良かったので16周回目のポイント賞に絡もうとさえ思った位でしたが、先頭集団に浮上することが先決だと考え、17周目のバックストレートで集団が延びたので、最終コーナーは結構スペースがあったのですが、なぜか選手がまたアウト側にズザーとスライドして行くのが見えて、これは余裕で避けれると思い、立ち上がりに頑張って踏もうと思った瞬間にイン側から凄い衝撃があり、気が付けば地面に張り付いていました。どうやら曲がりきれなかった、もしくは別の選手に当てられた選手が僕の横に刺さったみたいなのですが、その選手のクッションバリアの役割も果たした僕は被害膨大でその時点でレース終了となりました。

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この日、最大の落車になったみたいです。KOOFU WG-1を被っていたのですが、左後頭部が割れていました。直後は首も調子悪かったので、ヘルメット凄いです。

そんな訳で、自転車の被害もメンタル的な被害も、フィジカル的な被害もかなりのものだったのですが、翌日に洗濯していたらジャージの背中からどこかに行ったと思っていたハンドルのバーエンドが出てきたり、気が付けば誰かがゼッケンをバイクから外して返却してくれていたり、機材的な部分で色々と走れるようにするために助けてくれる業界の人がいたりで、人の優しさに触れた瞬間でした。PTTの関係者の皆さん、ありがとうございました。

あと、これだけは言っておきたいのですが、日隈選手がレース後に僕の走りを見て、「どこであの走りを覚えたのですか?」と声を掛けてくれて、ストレートに褒められるのに馴れて無い僕は「自然の流れで・・どうでした?」と言うと、「完璧でした」と絶賛してくれました。どうやら、前夜に飲酒してクダを巻いている僕の姿とあまりにギャップがあったようで。とにかく、日隈選手の一言で素晴らしい日曜日の締めくくりとなりました。

たとえば 世界中が どしゃ降りの雨だろうと
ゲラゲラ 笑える 日曜日よりの使者

次の日曜日は4/19白浜クリテリウムになりそうです。