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秋の舞洲

誰が見ているのか、誰から期待されているのかも分かりませんが、秋の舞洲レポートです。春の舞洲では最終局面でインから吹っ飛ばれ、そのまま足の怪我をロクに消毒しなかったらコンパートメント症候群なる病気になり、さらに40度近い高熱で生死をさまようことになりました。

簡単に言うと、筋肉や神経がどんどんと壊死して行く病気です。完治はしましたが、今でも脛の一部は黒ずんでおり、微妙に腫れは残っています。なので、どんな小さな怪我でもおろそかにせず、すぐ消毒するのを強く推奨!強く推奨!

舞洲まではどうしてもMTBに乗りたい心を抑え(乗りましたけど)、頑張ってロードに乗って比較的練習を積み上げ、いつもの周回コースでも去年を軽く上回る数値が出ていたので、それほど不安は無かったです。レース当日はギリギリまで事務所でダラダラ過ごしてサコッシュ一つ背負って自走で舞洲に向かったのですが、実はこれが憧れでやりたかったのです。サコッシュ一つで地元のクリテリウムに向かうって、その響きだけで何かお洒落じゃないですか!アニメならそのサコッシュに表彰台で貰った花束を差して帰宅、それを花瓶に生けて美女とワインで祝杯を挙げるんしょうが、現実は残酷です。

さて、レースですがスタート直前に知り合いから「たぶんあの人が勝つ」と教えてもらった選手。どうみても結構高齢な方。しかし、良く聞くと元競輪選手だとか。なるほど・・。あまり内容としては書くことは無いのですが、最終コーナー立ち上がりでは毎周回安定して700Wを超える出力があり、決して楽で無かったですが十分集団の中で走れるフィジカルがあるのを確認できました。

ただ、残念ながら位置取りが下手過ぎて、前に上げて行くのが困難でした。それに比べて例の元競輪選手の熟練の動きには驚愕しました。実際、この選手が優勝するのですが、僕はと言えば残り数周でやっと前の方にポジションを上げて行くことができ、残り1周に入る直前に右横でカーボンの割れる音と空中をブーメランの様に舞う自転車が見えました。つまり、前に上げていなかった場合、あそこに巻き込まれていたのです。

ここで集団が一気に活性化したのですが、1コーナーでよろめいた選手に阻まれて急ブレーキ、そこからバックストレートを頑張って踏んだのですが、集団は遙か前方、ゴールスプリントに参加する権利は1コーナーで失ってしまいました。リザルトはトップから10秒遅れの26位/50人出走ということになります。

このまますぐ帰宅、関空に向かってラスベガスで開催されるINTERBIKEに向かいました。飛行機が飛んだ瞬間、ようやく怪我無く無事にレースを完走できた実感がじわじわと涌いて来たのです。参加レースはたった3戦ですが、これで僕の全てのJBCFの予定は終わりました。とにかく試練の連続で、来季も参加するのかと問われると微妙なのですが、それはまた来年に考えたいと思います。

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すでにCXレースが始まっており、既に2レースを終えております。こちらの方の応援も宜しくお願いいたします。それではまた来年お会いしましょう!